先日の「月曜から夜ふかし」の中で、マツコ・デラックスさんが言ってました。
『歯の無い人ってみんな幸せそう』
これね、一概にそうとも言えないんだけど、一理あるっちゃ一理あるんだよねぇ。
実は私も、同じこと考えてたんですよね。
歯が無い人は他者の目を気にしてない。だから生きやすい。
去年の10月のツイート。
半年以上前の時点で「歯の無い人」の無敵感になんとなく言及。
「生きづらい生きづらい」って言ってる人の大半は、他人からどう見られているかを極度に気にしてる気がする。
— 自由ネコ@はてなブログ (@gattoliberoTW) October 24, 2017
「月曜から夜ふかし」に登場する、楽しそうに生きてる人々は結構な確率で「歯」が無い。差し歯も入れ歯も入れない。
歯が無いことで他人からどう見られるかを気にしてない。
バラエティー番組の「月曜から夜ふかし」と「水曜日のダウンタウン」には、頻繁に「歯が無い人」が登場しますよね。
街頭インタビューっていうのかな、街行く一般の方々に声をかけて、いろいろ話を聞く企画があるんだけどさ、番組側としては「ユニークで個性のある一般人」を求めているわけですよ。
面白エピソードを持っている魅力あふれる人材を発掘しようとして、虎視眈々と目を光らせているワケ。
そうするとさ、「歯が無い人」の面白率がすごく高いわけよ。
ユニークな人が多いっていうか。興味深い人が多いっていうか。
おそらく、ハズレが少ないんだろうね。打率が高い。
だから番組側も、若干「歯の無い人を探してる感」とか出てきちゃってるというか。
街なかで、期待できそうな人材を探してるスタッフが、「歯の無い人」を見つけた時に「やった!発見した!」みたいに、喜々としてインタビューしてる感じがちょっとある。
「あっ!この人、歯が無い!チャンスだ!面白い話が聞けそうだぞ!」
みたいな。
なんかもう「歯無し」を探しちゃってるというか。
「歯が無い人」イコール「何か普通じゃないエピソードを持っているはず」
みたいな。
実は、2年以上前にこのことについて記事を書いております。
木村さんの半生は阿部サダオさん主演で映画化されてしまいました。
ホントにもう、波乱万丈というか、滅茶苦茶というか、すごい人生。
木村さんには、何故、歯が無いのか、何故、歯を入れないのか?
その理由も非常にユニークです。
ということで。先日の「夜ふかし~」で司会のマツコ・デラックスさんがしみじみ、おっしゃってましたね。
マツコさんいわく。
歯の無い人ってみんな幸せそう。
圧倒的にあの人たちはねぇ、他者の目というものを気にしていないのよ。
だから幸せなのよ。
モテようとか、隣の女より綺麗でいようとか・・・
ずーっとそれを気にしだしたら不幸におちいる。
(歯の無い人たちは)そこから解放されているんだと思う。
はい、ありがたいお言葉、いただきましたー!
そういうことなんすよねぇ~…。
代表的な方だと、将棋の、加藤一二三さんとかね。
ひふみん。
もうさ、「ひふみん、歯がねえじゃんwww!」って誰もツッコまないよね。
そういうキャラだから、っていうなんというか、暗黙の了解っていうか。
歯が無くて当たり前。
むしろ、ひふみんが入れ歯を装着して登場したら、逆に「えっ!ひふみんらしくねぇな!どうしたのかな、何かあったのかな…?」って心配になるレベル。
歯が無い人は「我が道を行く人」。
その度合いを測るバロメーターなんですね、「歯抜け」っていうのは。
かなり強引な極論ですが。
実際、入れ歯なんて、好きで入れてる人、いないんじゃないかな。ご飯がめっちゃまずくならない?
私も入れ歯、入れたことないんでよく分かんないんですけど、ちょっと想像してみてくださいよ。
入れ歯を入れるっていうのはさ、口の中に、巨大な人工物、異物を放り込んでる、ってことですよね。
プラスティック製なのかな、よく分からんけどさ。
すげー気持ち悪くない?
例えばさ、ボクシングとか、アメフトとかプレーする時に装着するマウスピースをさ、口の中にハメたまま、ご飯食べてるところを想像してみてくださいよ。
めっちゃ気持ち悪くない?
絶対、ご飯、美味しくないでしょ。
おそらく、
「本当は入れ歯、外したいけど、人の目があるから我慢して装着したままご飯食べよう…。」
みたいな状況ってあると思うんだよねぇ~。
どうなんだろうか。
極端な話、歯なんて、無ければ無いに越したことないって気もするんだよねぇ…。
「歯が無いから食べ物が食べられない」
っていう状況、ほぼ無くない?
実際に歯の無い人たち、平然といろいろ食ってるよね?
意外と何でもいけるんじゃね?
歯が無くても。
ひふみんとかさ、板チョコとかバリバリ食ってるよね?
対局中に板チョコ4枚くらい食ってるよね?
歯が無いのに。
「でも私、女だから、歯無しは無理…」っていう人もいるでしょう。しかしね、だったらあなたが現代のフリーダ・カーロになってごらんなさいよ!
フリーダ・カーロをご存知でしょうか。
そう、あの眉毛のつながった女の子です。
芸術家のフリーダは考えるわけです。
「美」ってなんだ?
「常識」ってなんだ?
「正しさ」ってなんだ?
そして、あえて、眉毛を剃らないことにしたのです。
既存の美意識、既存の価値観への反逆です。
「女のくせに◯◯するな」とか
「女なんだから◯◯しろ」とか。
そうやって誰かが作り上げたルールに縛り付けられたまま生きて……。
そんな人生でいいの?
フリーダは我々に問いを投げかけてくるのです。
つながった眉毛で!
整った眉毛に価値があるとか、美しいとか、そんなのどうでもいい話なんですよね。
誰か全然知らない人間が作った「美の定義」に踊らされてるだけ。
「本当の美」っていうのはね、そんなことじゃ計り知れないものなんですよ。
フリーダ・カーロは、世界で初めてジーンズをはいた女性だと言われています。
今現在、街を見渡してみると、多くの女性たちが平然とジーンズをはいていますよね?
デニムを身につけていますよね?
でもね、フリーダが生きていた時代は、
「女がジーンズをはくなんて絶対にありえない」
って言われていたらしいんですよね。
「あいつ、女のクセにジーンズはいてるぞ!?頭おかしくなったんじゃねぇか?」
って言われちゃうような時代だったんですよ。
女性がジーンズを身につけているだけで、笑われたり、罵倒されたり、蔑まされたり、憐れまれたり、そういう時代だったわけです。
だからあえて、フリーダはジーンズをはいたんだと思うんです。
勇気を持って道を切り開いた。
「おんなでも自由にジーンズをはいていいんだ」と自分自身の行動で示した。
素晴らしいじゃないですか。
先駆者はね、開拓者はね、常に向かい風と戦うことになるんです。
バカにされたり、笑われたり。誹謗中傷を浴びることもある。
大変なことですよ。
だからね、私は時々思うわけです。
「私はフリーダにはなれない。でも、だからこそ、最低限、ジーンズをはいたフリーダを誹謗中傷する側の人々にはなるまいぞ」
と。
でも、これがなかなか難しいんだ。
誹謗中傷している瞬間は、自分の方が偉いような錯覚に陥ることができますからね…。
完全に錯覚なんだけどね!
あれっ?ちょっと待てよ?
何の話だったっけ?
・・・・・・・・・
歯抜けの話だった!
さて。紆余曲折ありながらここまで熱弁して、今さら自分自身を省みてみよう。もしも自分なら…どうする?
みなさん、自分自身に置き換えて考えてみてください。
もしも自分の前歯が全部、無くなってしまったら。
入れ歯入れますか、入れませんか?
オレはねぇ……。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
今さら、インプラントとか…言えないよね?ひどすぎるよね?(ナウシカ風)
ということで!
みなさん、歯は大事にしましょうね、ってことです!
以上!