忘れないうちに結論めいた事から書いておく。
オーディエンスは「自分の身代わり」あるいは「代弁者」を求めている。
そんな感じのことをふと思ったデスよ。
もっと言っちゃうと、
自分の代わりに「挑戦」してくれる存在、チャレンジャーを待ち望んでいる
ということなのではないか。
ちなみにエントリーのタイトルは、今回の記事の内容とちょっとずれちゃうかもしれないけど、先日観た中島みゆきさんの動画に引っ張られて付けてしまいました。
いい唄なのよ、これ。
中島みゆきさん本人の公式動画が無かったみたいなので、中島みゆきさんご本人からお墨付きをもらったシンガーソングライターの倉沢よしえさんの動画を。(歌詞の字幕アリ)
本当は「竹ピス」…あっ、竹原ピストルが唄ってる「ファイト!」の動画を貼りたかったんだけど、大人の事情ですよね、うん。
竹ピスはいいよ~。イチオシ。
竹原ピストルの歌を聴くと泣けてくるのは、なんでだろうな。 - 自由ネコ
とりあえず脱線しておく。さっき、物凄く特殊なブログを見つけたのよ。アンチしかいない?謎のブログ。
普通はさ、ブログを続けてると、少しずつ読者が増えてくるわけじゃん?
どんなブログであれ、共感してくれる人にブログの存在を知ってもらえる機会が徐々に増えていって、理解者というかな、いわば「ファン」的な目で好意的に見てくれる人が少しずつ増えていくと思うのよ。
長く続けていれば、どんなブログでもそういう感じになると思う。
逆にいうと、好意的な目で見てくれない読み手は、そもそも読者登録自体をしないから、リピーターにはならないし、ほとんどの場合「その場限り、その記事限り」のお付き合いになるわけだ。
もう2度と会うこともない。
ようするに、執拗にディスりコメントを付けてくることもない。
でね。
私が見かけた謎のブログなんだけど。
ほとんどの記事に、ブックマークが付いてないのよ。
なんだったら「スター」もほとんど付いてない。
誰かに支持されている気配が全然ないんだよね。
でも、なんだろう。
ブロガー本人は、ものすごく楽しそうに記事書いてるわけね。
「どうも~!」みたいな感じでさ。
行間から「楽しさ」みたいなのが滲み出てるわけ。
メンタルがめちゃめちゃ強靭なのか、
シンプルにめちゃめちゃ狂人なのか。
なんか韻、踏んじゃったけど。
そのブログ、おそらくアクセス数、めっちゃ少ないような気がすんのよ。
誰にも読まれてないんじゃないか?っていう。
楽しそうな雰囲気で書いてはいるんだけど、物凄く薄っぺらくてさ。
常日頃、薄っぺらい記事を量産している「ペラ記事マイスター」の私の目から見ても「薄っ!」って声が出ちゃうくらい「うすうす」なのよ。
こんなに薄くて大丈夫か?少子化対策か?っていうくらい薄い。
貧乏な家庭のカルピスじゃないんだから、っていうくらい薄い。
しかも、
薄いだけじゃなくてちょっとバカっぽい。
頭悪い感じが出ちゃってるんだよなぁ。
さらに、
本人はバカだという自覚は全くない気配。
むしろ、ちょっと頭脳派だと自負してるっぽい。
そのうえで、時々、意図的?に、人を不快にさせるような挑発的な書き方をしたりして。
そうするとどうなるか?っていうと、
あるエントリーでは、おそらく記事自体はほとんど読まれていないにも関わらず、付いたコメントは全部ディスり、というイリュージョンが発生してたわけ。
ブックマーク及びブックマークコメントはゼロで、なおかつコメント欄のバッシング率が100%。
そういう事例を発見してもうた。
・・・ある?
こんなのある?
あんまり見たことないよね?
普通、私の感覚だとディスりが始まるのはザックリ5000超えたくらいからよ。
変なヤツが湧いてくる確率は5000人に1人くらいとか、そんなもんだと思う。
何万人という大勢の人に読まれた時に、そこでようやく、めんどくさい「読者登録してない人」から、ポツリポツリと、めんどくさいことを書き込まれる感じ。
「たくさんの人の目に触れたから、ディスられるのも致し方ないか」
っていうふうに、割り切れる感じは若干ある。
でもさ、ほとんど読まれてないのに、ディスりが連発するとさ、なんかもう、心が折れそうになるんじゃね?って気がするんだけど。
もしかしてそのブロガー、コメント欄に目を通してないのかな?
普通の人間だったら、ちょっと凹むでしょ。
でも、全然、ブレてなくてさ。
相変わらず「どうも~(^^)/!」って感じで、ビックリするくらい陽気に、
楽しそうに、楽しくないことを書いてんのよ。
なんなんだろう?って。
この感じは、なんなんだ?って。
これがウワサの、自己肯定感なのか?って。
すげ~不思議な気持ちになったんだよね。
この人の脳内ではどういうことが起こってんのか?って。
結局、今後もしばらく、その人のブログを読むことにしました(笑)
コメントは書かないけどw
記事自体は全然面白くないんだけど、その人の存在自体がなんか面白いんだよなぁ。
何とも言えない魅力がある。
結局ね「ポジティブなバカ」ってすげぇな、って話。
とりあえずスゲー楽しそうに生きやがって。
生の喜びを謳歌しやがって。
参考にしようと思います。
人は、自分の身代わりとなる「リスクを代行」してくれる存在を求めているのではないか?
ちょっと言い方がしっくりいかない気もするけど。
なんとなく通じるだろうか。
う~~ん。
どう説明すればいいのか。
『ジョジョの奇妙な冒険』的な言い方をするならば
「おれたちにできない事を平然とやってのけるッ そこにシビれる!あこがれるゥ!」
って事なのよ。
きっとオーディエンスは
「自分にはできない事をやってくれるシビれる存在」
に、熱狂したいんじゃないだろうか。
例えば
「YouTuber」しかり。
「プロスポーツ選手」しかり。
大きなくくりで言えば「ブロガー」もそういう側面あるんじゃないか?って気さえしてきたデスよ。
今、流行りのユーチューバーなんて、まさに、って感じだと思う。
彼らはまさに
「自分の代わりにチャレンジしてくれる人」
なんだと思う。
オーディエンスは何のリスクも負わずに、ディスプレイの前で再生ボタンをクリックするだけで、スリルやワクワクやドキドキを疑似体験できる。
人間って、こんな一瞬でフレームアウトするくらい飛べるんだね…(◎_◎;)。
「やったらどうなるかな?」ではなく「実際にやる!」から価値が生まれる。
プロスポーツ選手とファンの関係も、
「自分にはできない事をやってくれるシビれる存在」
と
「それに熱狂するオーディエンス」
と呼べるのではないか。
例えば、ひいきのサッカーチームを熱心に応援している人々、いわゆるサポーターたちも、「自分の代わりに実際にピッチで戦っている選手」に、思いを託しているわけです。
「俺たちも一緒に闘っている」と感じるほど感情移入しながら。
プロのスポーツ選手として活躍することなんて、普通の人間にとっては限りなく不可能に近いからね。
たとえプロと互角の厳しいトレーニングを何年も続けたとしても、努力だけでは辿り着けない世界だから。
だから人は、自分の代わりに戦っているプロ選手に自分自身を重ね合わせて、自分が戦っている気分を疑似的に体感する。
ファンの目から見れば、プロの選手は自分の代わりにもろもろのリスクを背負ってくれている、そういう存在なんだと思います。
だからこそ、
そこにお金を払うだけの価値がある、それだけの意味がある、そう思えるわけですね。
率直に申し上げます。
何を書いているのか分からなくなってきました。
(途中で休憩を挟んでしまった)
どうにかして着地しなければ…!
ブロガーに対しても、読者は「自分の代わり」を期待しているケースがあるのではないか?
考え方によってはですよ?
人間が、自己啓発本を読んだり、ライフハック的なことが書いてある記事を読んでる時って、
「自分の頭で考えて、自分で答えを導き出す」
という作業を別の人に代行してもらっている、というふうに捉えることができないだろうか。
なぜそうなるのか?を時間と労力を費やして、自分の脳みそからひねり出すのではなく、
なぜそうなったのか?を分かり易く説明している頭の良い人の回答に便乗する。
能率や効率を優先するのが賢い生き方なのであれば、
面倒なことや煩わしいことは、全部、外注で済ませちゃえばいいだけのこと。
毎日ブログを更新するのは時間と労力が必要だが、そういうことは別の誰かが代わりにやってくれればいい。
自分はそこに乗っかるだけでOK。
ノーリスクのポジションから、コメント欄で、イエスとかノーを突きつけるだけでよい。
返り血を浴びない安全な場所から、人を斬るだけの簡単なお仕事です。
そうすると。
自分が思うような答えを提示してくれなかったブログに対しては、怒りの感情が湧いてきたりして。
記事を読んでも期待通りの成果が得られなかった場合に苛立って、文句を書き込んだりして。
あ、そういえば。
これ、一応貼っておこうか。
魔除けのお札みたいなもんだね。
否定的な批評を行うことは容易である。なぜならば、どんなものでも、じっくりとよく見れば欠点を見つけることは常に可能だからである。
もっぱら欠点に注意を向け、価値あることを無視することはしごく容易である。
しかし批評の主たる魅力は、批評されているものよりも批評している者のほうが偉く見えることである。
批評することは極めて容易なので、それはしばしば、他のいかなる方法によっても人の興味を引くことができない凡庸な輩の避難所となる。
http://togetter.com/li/958541
さて。どうやって終わればいいのか、まったく見当がつかない。
このブログの常連さんにとっては毎度おなじみの光景ですが、今回のエントリーも、流れ流れて着地点を見失っております。
そもそも、書きたかった大事なことが抜けてるような気がするんだよね。
でもそれが何だったのかが思い出せない。
結局ね、途中でYouTube動画を観たりしてるうちに、ワケわかんなくなっちゃうんだよね。勢いで書いてるから、一回、賢者モード?に突入するとその後が大変よ。
いや、賢者モードじゃないけどさ。
でもねぇ…。もう、ずっとこのいい加減なスタイルでやってきてるから、2017年も適当な感じでやっていきます。
ってかさ、世の中のブログの大半は、結構真面目に書いてあるじゃん?
ホントにさ、ビックリするくらい、みんなちゃんとしてる。
ということはさ、狙うべきなのは、いわゆる「逆張り」だよね。
多数派と同じことをやってたら埋もれちゃうから。
「全然ブログをちゃんと書かない人」っていうポジションを確立することに全精力を傾けていくべきだろうな、って最近ちょっと考えてるから。マジで。
いつも言ってるけど、
「行列の後ろに並ぶくらいなら未開の荒野を行く主義」。
最後に、YouTubeの面白い動画でも貼って、お茶を濁すか。
ちなみに今回、初めてユーチューバーと言われてる人の動画を検索して調べてみたのよ。
それまでほとんど観たことが無かった。
どうやって面白い動画を発見したらいいのか分かんなくてさ。
とりあえず「YouTuber ペットボトル」って検索したから、それ系のばっかり観た。
ということで、YouTuberじゃないと思うけど、この動画をアナタへ贈ります。
不朽の名作、森翔太氏の「仕込みiPhone 3号機」でお別れです。
オマケ。仕込み筋肉。
極寒の候ではございますが、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。