どうせ闘うなら、自分よりも大きく強い敵とやり合おうではないか

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世知辛い世の中ですからね、ただ生きてるだけでも、めっちゃ頭にくるようなこと、いっぱいあるじゃないですか。ねぇ…。

もちろん、本当は闘わないのが一番なんですけどね、それは分かったうえでの話ですよ。

今回は、どうせやり合うなら「強くて大きな何か」と闘いましょう、っていう提案です。

 

機動戦士ガンダムでもさ、歌ってるじゃないですか。「巨大な敵を討てよ」って。

機動戦士ガンダムのオープニング曲でさ、こういう歌詞があるわけですよ。

 

まだ 怒りに燃える 闘志があるなら
巨大な敵を 討てよ 討てよ 討てよ

 


翔べ!ガンダム

 

そうなんすよね。

巨大な敵に立ち向かっていくから、カッコイイわけですよ。

 

これがさ、

まだ 怒りに燃える 闘志があるなら
適度なサイズの敵を 討てよ 討てよ 討てよ

だったら、

全然ダセェことになっちゃうわけよ。

 

まだ 怒りに燃える 闘志があるなら
自分より弱そうな敵を 討てよ 討てよ 討てよ

これもダメだね。

ダサい。

 

自分よりも弱そうな相手、勝てそうな相手を探してケンカするとか、なんかもう、しょぼすぎなんすよね。

それでイキっててもしょうがないんすよね。

 

 

実は以前、調子こいてイキってる工場勤務のおっさんが、挑発気味にこのブログに言及してきたから、やり返したことがある。

当時はまだ、私も若かったんでね、やり返しちゃったんですよね。

 

「livedoorブログから、はてなブログに引っ越してきたぜ!ケンカ上等!さぁはてな民かかってこいや!」

みたいなね、やたらイキってる工場勤務のおっさんがさ、なんか、ディスり気味にこのブログに言及してきたことがあったんすよね。

「このネコのブログはイケハヤ一味だね。イケハヤ寄りだね。ということはオレの敵」みたいなさ。

いや、お前の目はふしあなか、って話なんだけどさ。

文脈読み取れねぇのかって。

 

んでさ、もちろん、そのおっさん、はてな村に来たばかりだし、おそらく誰からも相手にされてないし、全然読まれてないわけよ。超・弱小ブログもいいところですよ。

雑魚中の雑魚っていったら、しらすとか、ちりめんじゃこに申し訳ないけどさ。

 

んでさ、そのブログ、読みに行ってあげたのよ、一応。

そしたらその工場のおっさんがさ、

「オレはいつこのブログを辞めたっていいんだぜ。怖いものなしなのさ!」

みたいにイキってたから、

よし、これはもう、オレが引導を渡してやろう、息の根を止めて差し上げよう、って思って、がっつり説教してあげたんすよね。

 

お前、読者数1って何なんだよ、なんでその状態でイキってんだよ。

そもそも、お前のlivedoorブログも読みに行ったけど、写真ブログじゃねぇか。

しかもそっちもコメントくれる人、1人しかいないじゃん。

炎上上等!とか言ってないで、お前は写真を頑張れよ。

お前を応援してくれてる人はお前の写真を観てくれてるんだよ。

このドアホ!

・・・・・・・って感じで。

 

そしたら、そいつ、すぐブログ辞めちゃった。

オレがアンサーソング的エントリーをドロップした直後だね、数分後には、ブログ消してんのね。

しかもlivedoorブログも辞めますって。

気の毒っつーか、悲惨なのは、

それまでずっと交流があったカメラ仲間?からも説教食らってた。

「急に炎上上等とか言って、人様をディスるようなキャラに変貌してしまい、私は悲しいし、そういうの辞めた方が良いと思います」

みたいなコメント書かれてて。

唯一の読者からも賛同を得られず、説教食らって、終了ですよ。

 

なんかさ、しょ~もない話じゃないですか。

いい年こいたおっさんが何やってんのって。

 

でね、このエピソードから、何か私が得たものがあったか?っていうとさ、基本的には何もないのよ。

ディスり合いになって野次馬が集まってきてPVが激増とか、そんなこともないし、読者が増えるとかも当然、ないわけ。

 

広大なネットの海のど真ん中で死に損なっている工場勤務のおっさんを、しっかりと地獄に送り届けてあげた、っていうだけの話でさ。こっちには特に恩恵はなかった。

 

虚しさだけが残ってるわけですよ。

ルパン三世に登場する石川五右衛門のセリフで

「また、無駄なものを斬ってしまった・・・」

ってのがあるけど、それに近い虚しさのみ。

 

それで考えたんすよね。

この事件で私が得た「気づき」ってなんかあるだろうか。

あった。

ものすごく簡単に言うと

自分よりも小物とケンカしても得るものは何もない

ってことね。

 

小物っていうのは、知名度も人気もPVも何もない弱小ブログ、っていうだけじゃなくて「人としての器が小さい」っていう意味も含むんだけどさ。

 

人間としてのスケールが小さいヤツを相手にしても、何も得るものが無いんすよね。

やり合うだけ損。

 

そのことに気づけただけも十分、得るものあったなぁと。

そう思うことにした。

 

 

この考え方を元にすると、そもそもケンカなんて起こらないっちゃ起こらないんじゃねーか。

例えば。

Aさんの人としての器が10としましょうか。

 

Aさんは、自分よりも小物とはケンカしない主義なので、人としての器が10未満の人のことは眼中にありません。

 

ある日、Aさんは、人気ブロガーBさんのブログを読んでムカつきました。

それでBさんをディスることにした。

 

Bさんの人としての器は100です。

Bさんもまた、自分よりも器の小さい人間とはケンカをしない主義です。

当然、Bさんは自分よりもスケールの小さい、器レベル10のAさんのことは華麗にスルー。

 

器10のAさんにとっては、器100のBさんとやり合うことに意味がありますが、

器100のBさんにとっては、器10のAさんのことなんて、クソどうでもいいのです。

 

「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」

ってやつですね。

 

 

自分よりも小物とはケンカしない、ってのは、こういうことなんじゃないかと。

 

自分にケンカを売ってくる小物はスルーの対象だし、

ケンカしたいと思っている大物からは自分がスルーされてしまう、

という仕組み。

 

そもそも争いには発展しない、っていう。

 

 

それを踏まえたうえで、もう一度ガンダム。巨大な敵を 討てよ 討てよ 討てよ。

ネットサーフィン的なことしてるとさ、時々、誰かをディスることを生業とした、くされ外道みたいな人、見かけることがありますよね。

 

本人は何か社会のためになることをしている気分になってるのかも知れませんが、まぁ言ってみればせいぜい「必要悪」程度のもんでしょう。

それこそ人間のスケールで言ったら最小クラス。

 

いつ運営側から削除されてもいいように、悪口用のアカウント作って、あっちこっちに嫌味を言ったり、ディスったり。

 

そういうのを見かけるたびに思うんですけどね、こういう人は、

「自分の可能性」について、どう考えているんでしょうかね?

何も考えてないんでしょうか。

 

「オレには何ができるのだろう?」って考えに考えた末に、「よし、他のアカウントに嫌がらせしよう。嫌味を言おう」って結論が出て、そういう行動をしてるんだとすれば、あまりにも救いが無いじゃないですか。

終わってる。

完全に暗黒面に堕ちてしまっている。

ダークサイドの底の底まで堕ちている。

 

「自分にできる最大限に有意義なことはネットでの嫌がらせだ」

っていう結論に達したんだとすれば、それさぁ…闇が深すぎんぜ…。

 

助けてあげたい気持ちもあるけどさぁ、

こっちが「おい、大丈夫か?」って近づいていったら、どうせオレも噛みつかれるし。

 

助けようと思って近づいてきた人のこともディスるんよね。

だからもうホントに、まったく救いが無い。

どうしようもない。

 

だからさ、もうね、自分で気づくしかないんだけどね。

「自分にできる最大限の何かって、なんだろう?嫌味を書き込む以外に、もっと他にできることは無いだろうか?」って。

自分で気づくこと。

そこからしか、何も始まらないって気がすんだよね。

 

絶対、もっと何か他のことができるんだって。

あなたはできるんだよ。

それだけの力を持ってるんだよ。

自分を信じなよ。

 

 

そういえば、昔、NHKの「しゃべり場」っていう番組でさ、こんな奴が出てたんだよな。

かなり昔の番組だから、ちょっと記憶があいまいなんだけどね、10代の一般人の男女がスタジオに集まって、毎回テーマに沿って、ひたすらにいろいろ話し合う、っていうだけのお金のかかってない番組だったんだけどさ、結構面白かったんだよね。

 

みんなそれぞれ、何かどうしても言いたいことがあって番組に応募してきた若者たちだからさ、ちょっと個性的なんだよね。

一癖も二癖もあるっていうか。

めっちゃリア充っぽい奴もいれば、完全にコミュ障っぽい奴もいたりして。

(コミュ障の子は自分を変えたいと思って応募してきたんだと思う)

 

でね、ちょっと愕然としたっていうか、ビックリしたっていうか、絶望的な気持ちになったのがさ、番組に出てた、ひきこもりの男の子の話なんだけどさ。

 

うろ覚えなんで、多少間違ってるかも知れないけど、こんなような事を言ってたんだよね。

「ネットでやりとりする時は、まず相手に対して『◯ね』って書き込みます。それで相手の出方や様子を見ます」

って。

(◯の部分はこっちで勝手に伏せました。命にかかわるワードです)

 

毎回まず最初に『◯ね』って書き込む…だと?

 

もうさ、完全に病んでる。病んでるっていうか終わってるっていうか。

頭、行かれてんのね。

 

コミュニケーションの方法を致命的なまでに知らないのか分かってないのか。それとも麻痺してしまったのか。あるいはダークサイドに堕ちてどっぷりハマってしまったか。

 

相手に対して「◯ね」って書き込むことを日常的に何のためらいなく、何の罪悪感も感じずに、連日連夜、繰り返している。

それを平然と悪びれる様子もなく、思いっきり全国放送のゴールデンタイム(だっけ?)のテレビで、顔出しで、言ってのけちゃう。

これ、ヤバくないですか。

 

実際の刃物じゃないから大丈夫だとか思ってるんだろうか。

「言葉」では人は傷つかないとでも思ってるんだろうか。

それとも、オレを受け入れなかった社会が悪い。だからお前ら全員に復讐してやる、とか思ってんだろうか。

 

全然、反省とかしてない感じだったと思う。

自分が何か間違ったことをしているという認識もなかったんじゃないだろうか。

さらっとした感じで、まるで梅酒みたいにさらりとした感じで「それが何か?」って感じで語ってて、こいつヤバすぎんだろ…って思った記憶があります。

 

ナチュラル・ボーン・キラー in internet…!?

 

怖すぎんだろ…。

 

これさぁ…どうすりゃいいんだろうね。

途方にくれちゃうよな…。

我々にはどうする事も出来んよね。

 

病院に行ってくれとか、カウンセリングを受けてくれとか、それ以外にかける言葉が見つからんよ…。

 

まぁねぇ…その子が、本当は、最初は、そんな人間じゃなかったはず、って思いたいよね…。

 

私は専門家でもないし、医者でもないんで、どう言えばいいのか全然分からんとしか…。

これはもう、素人が手出しできる話じゃないんだろうね。

 

う~~む…。

ま、とにかく、そういう事例もありましたよ、って一応報告。

皆さんはどう感じましたか。

 

彼は今、どうしているんだろう。

陽の当たる場所で元気に生きてくれていたらいいな。

 

 

合気道の達人・塩田剛三先生いわく「無敵とは敵が1人もいないこと。すなわち全員友達こそが最強なり」(オレなりの意訳)

この世で一番強いヤツってのは、無敵なワケです。

敵が1人もいない。

敵が1人もいないってのは、敵さえも味方にしてしまう力を持っているということ。

 

伝説の男・塩田剛三先生は「合気道でもっとも強い技は?」と聞かれ、こう言ったそうだ。

「それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ」

 

これこそ、無敵、最強なり。

 

だからね、ケンカしてるうちはまだまだ半人前ってことですね。

 

できるできないはともかくとして、一応、肝に銘じておきましょう。

 

 

「お前の本当の敵は誰なんだ?それをちゃんと考えたことあんのか?」って話。

この話もねぇ~、これだけで、1記事書けちゃうんだけどさ、今回のエントリーはめっちゃ濃いね。

エピソードてんこ盛り。

いうなれば、単体でやっていける女優をぎゅっと集めて凝縮して一個の作品にしております。非常にお買い得。

 

以前、こんな映画を観ました。

『それでも夜は明ける』という実話を元にしたゴリゴリに社会派の映画です。

ブログを始めたばかりの頃に書いた記事なので全然読まれてないけど、超絶オススメです。

gattolibero.hatenablog.com

 

主人公のソロモンは、ニューヨークに住むバイオリニストなんだけど、ある日、奴隷商人に拉致され、奴隷制度のある南部の農場へと売り飛ばされてしまいます。

「私は奴隷じゃない。教育も受けているし読み書きも出来る。身分も名前もある」

そう訴え続け、解放されるまでに12年かかってます。

嘘みたいな話なんだけど、実話ですよ。

必見。

 

『それでも夜は明ける』予告編

www.youtube.com

 

この映画の中でね、こんなシーンがあるんです。

農場で、綿花を収穫する場面ね。(うろおぼえです)

 

黒人たちには、ノルマが与えられています。

どのくらいだったかな、ちょっと覚えてないけど1日100キロくらいだったかな。

数字は忘れちゃったけど、便宜上、ひとり100キロの綿花を収穫しないといけない、って事にしておこう。(結構地獄だと思う)

 

そこでさ、農場に連れてこられたソロモンに対して、他の黒人奴隷の男が舌打ちするようなシーンがあんのよ。(うろおぼえ)

 

「オレは80キロも収穫したのに、こいつはたったの60キロしか収穫してねぇのかよ。こいつ、超使えねぇな!デクノボーめ!」

 

みたいなさ、新入りのソロモンを目の敵にするっていうか、敵視するっていうか、自分よりも生産性の低い人物を軽蔑する、っていう感じですよね。嫌だね~。

 

でもさ、実際には、てめぇも80キロしか収穫してないんだからノルマ達成できてないんよね。

(ちなみに女の奴隷たちは手先が器用なのか、200キロ収穫してる、みたいな感じだったような。)

 

でね、

この構図、現実社会でもめっちゃよく見る!

って思ったんだよね。

 

黒人奴隷の男の本当の敵は、自分をこき使っている白人の農場主であり、ムチで叩く見張り役の白人なんだよね。

 

この奴隷の本当の敵は、搾取している白人農場主なのよ。

なのにさ、

バカな奴隷は、自分よりも劣っている(ように見える)他の奴隷を目の敵にして、留飲を下げている。

 

 

お前の敵は他の奴隷じゃない。

お前から搾取している存在こそがお前の本当の敵なんだ。

そのことに気づけバカヤロー。

 

これ、今の日本でも、会社でも、バイト先でも、めっちゃよく見る構図じゃね?

 

「本当の敵」に噛みつくんじゃなくて、自分よりも弱そうな「敵ではなく自分側」の存在に噛みつく。

 

社員が社員をディスる。

バイトがバイトをディスる。

 

自分から搾取している巨大な存在こそが、本当の敵なのに、そこから目を逸らす。

勝てそうな、弱そうな「仮想敵」をつくりあげて、そっちを叩いて、何かをやり遂げたような気分になってる。

 

大事なんでもう一回、言っときましょう。

こういうヤツ、あまりにも多いんで。

 

自分から搾取している巨大な存在こそが、本当の敵なのに、そこから目を逸らす。

勝てそうな、弱そうな「仮想敵」をつくりあげて、そっちを叩いて、何かをやり遂げたような気分になってる。

 

こういうこと書くと、こっちがディスられそうな気もするけど、それこそまさに、お門違いもはなはだしい。

お前の敵は誰なんだ?って話だよね。

お前がディスるべき相手は誰なのか、冷静になってもう一回考えてみろよって話。

 

お前から搾取しているのは誰だ?

お前の本当の敵は誰だ?

お前が本当に戦わないとならない相手は誰なんだ?

 

感情的にならずに、3回深呼吸してから、冷静に考えてみるといい。

己の人生をかけてでも闘うべき、巨大な敵って誰だと思う?何だと思う?

そのへんにいるブロガーではないことは確かだ。

そんなの相手にしていられるほど人生は長くはないぞ。

 

 

どうしてもケンカしたいっていうんなら、目いっぱい、大きな敵とやり合え

例えばね。

大きな敵なんてさ。

いっぱい存在してるでしょ。

ニュース見てるといっぱい出てくるでしょ。

 

アナタから搾取している存在。

何故、そっちはスルーしちゃうんだよ。

 

アナタが闘うべき相手は、世の中だったり、社会だったり、国だったり、政治だったり、原発問題だったり、教育制度だったり、福祉を取り巻く環境だったり、例えばそういう巨大な存在なんじゃないのか?

今挙げたのは、あくまでも、例えば、です。適当です。

 

せっせと木を植えたりして

「環境破壊」と闘ってる人もいるでしょう。

海岸のゴミ拾いとかね。

 

悪いことをして責任も取らずそのまま逃げ切ろうとしている政治家を引きずりおろしたい、という人もいるかも知れません。

自分よりも大きな敵と闘うってのは、例えばそういうことなんじゃないでしょうか。

 

動物虐待許せん!とかさ、多頭飼育崩壊を無くそう!とかさ。

いろいろあると思うんですよね。

頭にくる場面って。

 

どうせやり合うなら、まぁ何というかな「巨悪」というかな、そっちに立ち向かうべきなんじゃないのかなって。

 

LGBTの問題とかもそうだよね。

1人じゃ世界を変えられなくても、みんなで立ち向かえば、何か変わると思うんだよね。

少しずつでも、みんなが活動することで、社会を変えていけると思うんだよね。

 

「自分には何ができるのかな?」

って考えた時にさ、

「自分にできる大きなことって何だろうな?」

って考えた時にさ、

ちょっと社会とか、世界に目を向けることができれば、何かに気づくと思うんだよね。

剛力彩芽をディスろうとか、そんな選択肢は思いつかないはずだよ。

 

映画『それでも夜は明ける』に出てきた黒人奴隷みたいにさ、奴隷が奴隷をディスってるなんて滑稽だよ。搾取している白人地主の思うつぼだよ。

 

 


それでも夜は明ける(字幕版)

 

 

我々は、奴隷だ。

鎖に繋がれている奴隷だ。

 

本当の敵は誰なのか。

何度でも、自問自答しろ。

 

自分がやり合うべき相手は誰なのか。

 

お疲れ様でした。

7000文字、最後まで付き合ってくれてありがとう。