アナタに彼氏、彼女ができない理由

どうして彼氏、あるいは彼女ができないのか。

仮に付き合い始めたとしても、上手くいかないのは何故なのか。

なんとなく見えてきた。みんなで一緒に考えてみよう。

 

事前に申し上げておきますと、毎度のことですが、今回のエントリーも私の独断と偏見に満ちております。

「こんなレアケースもあるよ」とか「一概にそうとは言い切れない」とか言い始めるとキリがないので、今回もそういうのはナシでお願いします。

 

インパクト重視でタイトルに「彼氏、彼女ができない理由」ってワードを入れてみたけど、おそらくね、恋人同士の関係だけじゃなくて、人間関係全般において言えることだと思っています。

親と子、友達同士、会社の同僚との関係とか。

人が人と深くて親密な関係を築くうえで、非常にシンプルなことなんだけど、同時にとても重要な要素というかな。

 

おそらく、普通にコミュニケーション能力が高い人なら、意識せずとも、自然にできてることだと思うんですが、我々のような、生きづらさを抱えた「翼の折れたエンジェル」たちにとっては、結構、難易度が高いはず。

 

今回のエントリーも、あくまでも、翼の折れたエンジェル目線で、考えていきますので、ご了承ください。

ようするに、リア充は爆発しろ、って事です。

 

どうして私は、人と深く関われないんだろう?

パートナー(彼氏or彼女)に恵まれないんだろう?

そういう人に向けたエールでございます。

リア充は爆発してください。

 

何言ってんのか、よく分からなくなってきたな。

ちょっと例をあげてみようか。

 

 

「デート~恋とはどんなものかしら~」というドラマがあるらしいな。知らないんだけど。

こちらの記事。

非常~に、なるほど。

私は、うなりましたね。

www.saiusaruzzz.com

 

「デート~恋とはどんなものかしら~」というドラマについて書かれた部分がある。

杏が演じる超合理的な理系女子(依子)

と、

長谷川博己が演じる引きこもりニート

が主人公らしい。

 

依子ってこんな人。

依子は分単位ミリ単位で物事を考える人間なので、夕食はこの時間と決まっており、そのあとのスケジュールも分刻みに決まっている。だから夕食が少しでも遅れたら許せない。

依子、面倒くせぇ~~!!

 

 

巧のセリフ。

どうしてもやる気が出ないときだってあるんだ! ダラダラしたり、さぼったりするんだ。それが人間だよ! ましてや僕は高等遊民だぞ。ついこの間まで、実家に引きこもって働きもせず、自堕落に生きてきた人間だぞ。

巧、面倒くせぇ~~!!

 

 

どっちもどっち。

どっちも面倒くさい人間なんですね。

 

これねぇ、程度の差はあれ、人間ってみんな、どこか面倒くさい部分を持っているんですよ。

「こいつ、うぜぇなー!」

って周囲から思われてしまうような部分。

 

完全無欠な人間なんていませんから。

正しい人間なんていませんからね。

 

言ってしまえば、

AさんがBさんのことを面倒くせぇなぁと感じているのならば、

同様に、

BさんもAさんのことを面倒くせぇなぁと感じているのです。

どっちもどっちなんですよね。

 

つい、自分が正しくて相手が間違えている、と決めつけちゃいたくなりますけど、相手も同様に、まったく同じように思っているとしても全然おかしくないんですよ。

 

 

もしも、前出のドラマ「デート~恋とはどんなものかしら~」の主人公「依子」と「巧」が良好な関係を保ち続けるためには、お互いがお互いの「面倒くせぇ」を許さなければならない。認めなければならない。引き受けなければならないんですよね。

 

どうでしょう。

人と良好な人間関係を構築できないとお嘆きのアナタ。

ちゃんと相手の「面倒くせぇ」要素を引き受けていますか?

 

 

常日頃から「彼氏、彼女が欲しい~~!」って口走っている方々の様子を見ていて思うのは、この人達の「面倒くささ」指数がハンパなく高いな…ということ。

いよいよ核心に迫ってまいりました。

当事者にとっては目をそむけたくなるような内容かも知れませんが、ここで向き合わなければ、いつまでもパートナーは見つかりませんよ!

 

話を分かり易くするために「面倒くささ」を数値化してみましょう。

単位は「M D K」=「面 倒 くささ」

 

1人の人間が、抱え込めるMDKは10が限界。

「10MDK」を超えるとメンタルが崩壊するとしましょう。

 

通常の人間が抱えているMDKは、多くの場合、5以下。

まだ半分か、それ以上の余裕があるんですね。

 

それに対して、「彼氏彼女が全然出来ねぇ~!欲しい~!」と連呼してる人々が抱えているMDKは、9MDK、あるいはMAXの10MDKだったりします。

もう目いっぱい、面倒くさいんです。

地雷感がハンパないわけです。

「この人と付き合ったら面倒くさいだろうなぁ…」と、周囲の人々に感じさせるオーラ的な何かを醸し出しているわけです。

なんという不毛…。

 

さて。

健全な一般人の場合。

大抵は、5MDK程度の面倒くささしか保有しておりません。

まだ空きが半分ある。

稼働率50%以下。

 

健全な人同士が巡り合い、恋に落ち、愛し合う。

そこで、先ほどのドラマの話を思い出してください。

 

恋人同士が良好な関係を保ち続けるためには、お互いがお互いの「面倒くせぇ」を許さなければならない。認めなければならない。引き受けなければならない。

 

お分かりでしょうか。

お互いに、自分の中に相手のMDKを受け入れるだけの空きスペースが無いと、良好な関係は成立しないんですね。どこかで無理がたたって限界が来てしまう。

 

相手のMDKが「5MDK」だとすれば、自分の中の空きスペースも「5MDK」ないと、破綻してしまうわけです。

人間が抱え込めるMDKの最大値は「10」ですから。

 

さて、ここまでは何となくOKでしょうか。

大丈夫でしょうか。

 

 

問題は「翼の折れたエンジェル」のケースです。MDKが初っ端からMAXの「10」近くまでいっちゃってる。

「T・O・A(翼の 折れた エンジェル)」はね、もうニュートラルな状態でMDKの数値が高いんですよ。

9とか、10とか、いきなり「面倒くささ」が著しい訳です。

 

でね、こういう人がまた、自分と同様にMDKの数値が高い人に惹かれたりするわけですよ。

「どこか自分と似ている…」とか言って。

そうするともう、悲劇しか待っていないじゃないですか。

相手のMDKを受け止める余裕がない者同士ですからね。

 

「私のMDKを受け止めてよ!」

という主張の押し付け合いです。

 

お互いに、相手のMDKを受け止めるだけの許容範囲がほぼありません。

自分のMDKを相手にぶつけるだけです。

 

一言でいうと、自分勝手なんです。

独りよがりなんです。

思いやりに欠けているのです。

「自分が自分が」ばかりで相手を見ていないんです。

 

私の苦しみを分かってほしい。

私の味わってきた地獄を理解してほしい。

可哀そうな私を慰めてほしい。

ミーシャのような包容力で私を包み込んでほしい。

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相手の面倒くささを受け止める気なんてサラサラないくせに、

自分の面倒くささを相手に背負わせる気はマンマン。

 

これじゃ、上手くいくはずないでしょ。

客観的に考えてみればすぐに分かる。

 

でもね、本当に今、苦しみの中にいる人は、分からないんですよね。

客観的に自分を見る余裕なんてないのです。

どうしてそう言い切れるか?

私自身がそうだったからです。

 

これはもうね、自分が気づくしかないんだよなぁ…。

人から言われてどうこうって話じゃなくてさ。

 

 

ひるがえって、自分自身のことを省みる。私はちゃんとパートナーの「MDK(面倒くささ)」を引き受けているだろうか?それだけの余裕を確保できているだろうか?

自分自身のことを棚に上げて話を切り上げるわけにはいきませんので、ちょっと振り返ってみます。

私はいま、ソウルメイト的存在のパートナー、通称・大福と一緒に生活しています。

なんだかんだで10年くらいは経っているでしょうか。

gattolibero.hatenablog.com

 

大福も私も、 まぁ非常~~~に「面倒くさい」人間なんですよ。

MDKはかなりの数値だと思いますよ。

 

だから逆に、通常の人間とはフィットしない。

相手がいない。

トキとかガラパゴスゾウガメみたいな。

 

お互いにそういう実感があるから、長く続いている、というのはあると思います。

「この人以外に、自分に合う人は地球上にいない」

という感覚がどこかにある。

だから、

何度ケンカしても、一緒にいるんだろうなぁと思います。

 

大福も私も、MDK自体の数値は高いので、よくケンカになりますが、ケンカの内容自体は非常にショボいです。

「お湯で手を洗わずに水で洗え」

とか

「タマネギの外側の皮の捨てる部分は最小限に」

 とか

そういうレベルでよく怒られています。

 

とにかくね、私は今後、もっともっと、大福のMDK(面倒くささ)を受け入れていこうと考えています。

最近、ちょっと余裕が無かったね。反省しております。

 

 

 

こんな過去記事もあります。

 

婚活パーティーよりも効果的な方法。

gattolibero.hatenablog.com

 

 

読む側の気持ちになって考える、という話。

gattolibero.hatenablog.com