社会とは「正しさ」よりも「適応能力」が重要なんだと痛感する日々

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かつてダーウィンはこう言った。

最も強い者や、最も賢い者が、生き残るのではなく、最も変化に対応できる者が生き残る。…と。

きっと私は生き残れないだろう。まぁ、しゃあないか。

 

最近、打ちのめされるような気分を味わうことが非常に多いと感じるようになった

自分の力ではどうすることもできない、自分の中で折り合いを付けることができない、そういう案件を目にすることが多くなったように感じています。

 

一言で言うと

「どうしようもない」

 

そんな気持ちになる場面が日常の中にあまりにも多過ぎて、最近は自分の中の「オレ・バッテリー」がなかなか満充電にならないんですよね。

漏電してるのかなんなのか、いつまでたっても、エナジーが満タンにならない。

 

生きていくだけでも必死。

多少余力がある時に、かろうじてブログを更新しているような有様です。

まったく、困ったもんです。

 

前フリはこんなもんでいいでしょう。

そろそろ本題に入ります。

 

最近の私の絶望感をものすごく象徴するような記事を発見しました。

 

 

ブラック企業を内部告発した新入社員が悪者扱いを受けてしまう社会の救いの無さ

www.tsuyukey.work

 

おそらく、間違えているのはブラック企業の方なんです。

残業代を払わないとか、ルールを守ってないのは会社側なんです。

 

しかし、それを通報してしまうと、告発者がまるで犯罪者みたいに扱われてしまう。

それが今の日本の社会です。

いや、日本だけじゃないんだろうな。

おそらく地球上、どこでもそんな感じなんでしょうね。

 

人間がいるところ、常に不正あり。

そして不正する側が多数派だったり、権力なりを握っていた場合は、正しい者が罰せられてしまう。

それこそが、人間界の営みなのである。

全然救いが無いけど、それが現実なのである。

 

そういうことを、徹底的に、目の前に突き付けられるような案件が多過ぎて、ホントね、ちょっともう、嫌気がさしておりますよ、人間界に対して。

 

でもね、これさぁ、間違えてるのは私の方なんよね。

冒頭で紹介したチャールズ・ダーウィンの名言、もう一回引用しますよ。

 

It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change.

最も強い者や、最も賢い者が、生き残るのではなく、最も変化に対応できる者が生き残る。

 

「変化できる者」というのはすなわち「環境の変化に対応できる者」ということです。

生き残ることができるのは、そういう者なんです。

 

残念ながら「善」とか「正しさ」とか「誠実さ」とか、そんな後付けの概念よりも大事なことがあるんですよね、生存するためには。

キレイゴトじゃ片付けられない。

 

もう一回言いましょう。

ダーウィンいわく。

変化に対応できる者が生き残る。

 

誠実な者が、報われるんじゃないんです。

その環境に適応した者のみが、報われるのです。

悲しいけれど、これ、現実なのよね。

 

 

実際、政治の世界でも、アイドルの世界でも、同じようなことが起こってますよね?

政治絡みだと日常茶飯事で、どのエピソードをピックアップしていいのか分からないくらいですけど。

 

ちなみに、こんな記事も。

note.mu

これだって、明らかに「グラフを見た人を騙す」という目的で、目の錯覚を利用したり、一見、勘違いしそうなグラフを意図的にこしらえている誰かが存在している、って話じゃないですか。

しかも、そういう輩が少なくないという事実ね。

 

これ、明確に「騙そうとしている」って意味では、一種の詐欺ですよ。

悪いことを平気でしている連中が存在している、ってことなんですよ。

しかも、おそらく、たいして罪悪感も感じずに、詐欺グラフを使っている。

 

非常~~に正しくないんですよ。誠実じゃないんですよ。

でも、そういう狡猾な、悪質な連中がはびこっているってのが現実です。

そういう世界なんです、人間界ってのは。

 

 

そして、こういう傾向って、どんな世界でも同じことですよね。

芸能界でも、アイドル界隈でも。

www.oricon.co.jp

 

「正しい者が生き残るのではない」という場面を、いやというほど、見せつけられる事件でした。

結局、生き残った子たちは「環境に順応できた子たち」でしょ?

 

空気を読んで。

権力には跪いて。

秋元康には逆らわない。

そういう子が、生き残るわけですよ。

 

今の環境にどれだけフィットできるか。

環境の変化にどれだけ対応できるか。

生き残るために重要なのは、そういうことだったりするワケです。

ちょっと悲しいけどね。

 

「優劣」でもなく「強弱」でもなく、

生き残れるかどうかは「適応能力の有無」だったりするワケよね。

 

んで、ちなみに言っておくと、

私は、

間違いなく、

確実に、

適応能力が、

無いです。

 

 

ここまで読んだ人は「オレたちも頑張って適応していこうぜ!」って話だと思ったかもしれないが、そうじゃない

むしろ逆です。

 

生き残るためには変化できなければならない。だから、変化しようぜ!

ではなくてさ。

 

 生き残るためには変化できなければならない。だったら生き残らんでええわ。

っていうスタンス。

 

発想の転換。

 

「生き残らなくちゃダメだ」って思うこと自体を辞めりゃイイじゃん。

そしたら、変化しなくても済むでしょ。

 

私は、どっちかって言うと、こっち側ですよ。

 

「別に~」って感じ。

沢尻エリカ・スタイル。

 

ダメならダメで、それでいいじゃん。

生き残れないなら生き残れないで、それでいいじゃん。

今まで充分、楽しませてもらいましたよ。

ありがとうございました、って感じですよ。

 

別に、やさぐれてるとか、悲観してるとか、そんなんじゃなくてさ。

 

そもそも、

「長生きすることに価値がある」

とか思ってないからさ。

 

根本的に「生き延びなきゃ」とか、思ってないから。

死ぬなら死ぬで、まぁしょうがないかなと。

 

だから「生き残らなくてはならない」という呪縛から解放されちゃってますから。

完全にフリーダムですよ。

 

根本的に、大衆とは違う価値観でやらせてもらってますんで。

「生き残るために変化しなくちゃ」っていう発想にはならんのよ。

 

「えっ?生き延びれない?そうなの?じゃ、分かりました!お先に失礼しまーす!」

っていう感じですよね。

 

その時が来れば、

「親指を立てたまま、溶鉱炉に沈んでいけばいい」

って思ってますから。

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映画「ターミネーター」名場面より

 

 

適応できないなら、適応できなくて、別にいいんじゃね?人それぞれだからさ。

なんとかして、人並みに適応しようと思うから、苦しむわけじゃん。

 

まぁ、やろうと思ってできるんならいいよ?

それだけの能力があるんなら、頑張って適応して生き残ればいいさ。

 

でも、できない人間だっているんだからさ。現実的には。

こればっかりは、向き不向きなのよ。

 

みんなが環境の変化に適応できて、みんなが生き残れるわけじゃないんよ。

中には、上手に生きられないヤツもおるんよ。

 

だったら、環境に適応できない人間は、自分なりの「オレ・ワールド」を構築して、自分の世界の中でやりくりしていくしかねぇのよ。

 

完全にオレ独自の「俺ジナル」の世界観の中で、生きていきゃいいのよ。

いずれはそこに共感してくれる人も現れるかも知れないし。

gattolibero.hatenablog.com

 

もう、ハッキリ言っちゃうけどさ「正しさ」なんて、人それぞれでいいんだよ。

大衆に迎合しなくてもいいんよ。

十人十色、みんな「オレなりの答え」を持ってていいんよ。

 

 

オレはもうね、「社会通念とかクソくらえ」とか思って生きてるからね。

こういう生き方しかできなかった男だから。

オレは、不器用で、他の生き方を選べなかったからさ。

もう、いい意味で諦めてるから。

この生き方を貫くしか選択肢がないから。

 

結局ね、そうやって開き直ったら、めっちゃ生き易くなった。

 

世捨て人っつ~か、社会との接点がブログ以外になくなっちゃったけどね。ウケるwww

gattolibero.hatenablog.com

 

まぁとにかくですよ、生きるのしんどいわ~っていう人は、オレの生き方を参考にしてみてちょ。

gattolibero.hatenablog.com

 

いろいろ、世間のしがらみとかね、捨てなきゃならんことになるけれども、捨ててしまえば、あとはもう身軽ですから。自由人ですから。

好きなように生きて、好きなように逝っちゃってください。

 

結局、開き直りよ。

いい意味で、開き直ることよ。

 

gattolibero.hatenablog.com

 

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