自転車で日本一周するなら九州最南端の佐多岬が鬼門だ

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とっくに時効が成立しているから

書いてもいいだろう。

自転車で日本一周を目指す者にとって

佐多岬は鬼門だ。

 

今はどういうルールに

なっているのか知らないが

その昔、

佐多岬の最南端には、

自転車では辿り着けなかった。

 

佐多岬周辺は、バス会社が所有していて

巨大な公園のような状態になっていたんだ。

 

自転車で

日本一周(あるいは日本縦断)を

している者にとっては

非常に悪名高いチェックポイントだった。

 

自転車を降りて、バスに乗らないと

いけないルールになっていたからだ。

 

ここまで自分の足だけで、

ペダルを漕いでやってきたのに

最後にはバスに乗るだと?

ふざけんじゃねぇぞ、この野郎。

 

チャリダーたちは、皆、憤慨していた。

 

日本一周と言う肩書を得るためには

「最北端」と「最南端」での証拠写真は

是が非でも欲しいところだ。

 

しかし、

車に頼らず、人力だけで日本一周を

成し遂げたからこそ、意味があるんだろ?

最後の最後でバスに乗らなきゃダメなのか?

チャリダーたちは、皆、葛藤した。

 

佐多岬の公園の入り口には、

いくつもドラマがあった。

 

巨大なゲートの手前で断念して引き返す者、

あきらめて、しかたなくバスに乗る者、

強引に突破しようとして怒られる者。

各自が様々なやり方で、

「オレなりの日本一周」に挑戦していた。

 

当然オレも、

佐多岬のウワサは聞いていた。

南下していく道中で、

何人ものチャリダーに出会ったが

「佐多岬では、どうしましたか?」

というのは、

基本の挨拶のようなフレーズだった。

 

そしていよいよ、オレにもその時が来た。

ノープランのまま、佐多岬へ着いてしまった。

 

日没前で、巨大なゲートは閉まっている。

周囲に人の気配はない。

 

どうするか。

 

そんなもん、行くしかねぇだろ。

 

これ、書いちゃっていいのかな。

いいや。書いちゃえ。

ゲートの左側に徒歩の人のための

舗装道路があった。

 

あれ?

ここから入れるじゃん。

 

捕まったら謝れば済むことだ。

よし、行こう。

日没は近い。急ぐんだ。

 

自転車を飛ばした。

どうせ捕まるなら、

可能な限り最南端で捕まろう。

 

ラッキーなことに、職員はおろか、

公園に来ていた一般の人にも

まったく出くわさない。

 

行ける!

 

最南端の看板の前に

自転車を立てかけて

写真を一枚撮るだけだ。

絶対に、行ける!

 

誰にも出会わず、

いよいよ最南端まで

あと数十メートルのところまで来て、

オレは愕然とした。

 

何という急な階段。

自転車対策か。

バス会社もなかなかやるな。

 

考えた末、オレは

自転車に積んでいた荷物を全部おろして

空荷(からに)の自転車を担いで

階段を登ることにした。

 

時間が無いぞ。

急げ急げ。

 

荷物を全部放り投げ、

チャリを担いでガムシャラに

階段を駆け上がる。

 

よし、着いた!

 

あった!

 

夢にまで見た「佐多岬」の看板だ!

あとは看板と自転車を

1枚の写真におさめて、

速やかに撤収するだけだ。

 

・・・・・・?

 

人の気配。

 

見つかっちまった。

現行犯逮捕か。

 

とにかく謝って、

1枚だけ、写真を撮らせてもらおう。

 

オレはハイテンションで懇願した。

「一枚だけ写真を撮らせてください!」

 

相手も、何故かハイテンションだった。

「どうぞ!」

 

え?何?

 

どういうこと?

 

その青年も、オレと同様、

こっそり忍び込んだクチだった。

 

青年は、大きめの

スケッチブックを持っていた。

佐多岬の最南端で、

風景を描いていたんだ。

 

結局、青年には

カメラのシャッターを押してもらえた。

オレは、思いがけず、

佐多岬の看板と自転車と共に

自分自身も証拠写真におさまる事が出来た。

 

さて!

あとはここから逃げ出すだけだ。

 

画家の青年に聞いてみた。

一緒に佐多岬を脱出しましょう。

 

青年は、

「僕はまだここで夕日が沈むのを見ていようと思います」

といった。

 

もう日没は近い。

 

オレは自転車を飛ばして、

真っ暗闇になる前に

佐多岬を脱出する事が出来たけど、

 

画家の青年は大丈夫だったんだろうか。

日没を最後まで見届けたのだとしたら

そのあと、真っ暗な公園を、

無事に帰れたのだろうか?

ちゃんと懐中電灯を

用意してたんだろうか?

 

オレは、

それがちょっと気がかりだった。