美術とは何か?美しい心とは人を不快にさせまいと思う心?忖度=美?

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芸術(アート)のことなんて、全っ然わかってねぇくせに、アート周辺でビジネスぶっこいて小銭稼いでるヤツらって、めっちゃ大勢いるんだよな~。

ホント、絶望的な気持ちになるわ。

 

いろいろツッコミどころが満載なんで、なかなか興味深い案件。アートに対して深く考えるいい機会だ

これね。

togetter.com

 

学校の課題で「好きな画家の絵を模写しなさい」ってのがあったんだってさ。

それで、

会田誠さんの絵を模写したら、先生にキレ気味に注意されて、低評価つけられたって話。

 

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先生は

「この絵は学校に提出するような内容のものではない」

とか、

「美術は美を追求していく芸術ですので、美しい心と技術を磨いていかなければなりません」

とか

「見る人を不快にさせる絵は、私自身は好きではありませんし、学校の課題作品にふさわしい内容のものでもありません」

とか

コメントしてるな。

 

う~~~む……。

 

違うね。

なんか違う。

 

多分、アンタ、アートのこと分かってねぇよ。

 

先生の言動にツッコむ前に、この学生さんに対して思ったことを書きます

「好きなアーティストの絵画作品を模写してくださーい」っていう課題に対して、会田誠の「犬」を選んじゃう時点で、なんかアレだなぁ…と。

 

好きなアーティスト、会田誠、

なるほど。OK。

オレはあんまり好きじゃないけどな。でもOKだよ。

好みなんて人それぞれだからな。

 

模写の対象として選んだ作品、犬。

これ、ちょっと微妙だな~という気がした。

 

題材がどうか?みたいな話じゃなくて、

「自分自身の模写の技術を見せつけること」が大事だったわけだよね?この課題って。

 

そういう意味では、なんでこれを選んだかな、ってのは思ったね。

あんまり、テクニックのアピールには向いていない作品だと思ったんだけどね。

 

今回の種目は高跳びなのに、幅跳びの意気込みで挑んじゃった、的な。

ベクトル間違ってる的な。

そういう、芯食ってない感じが若干した。

 

あ、あとね、ごめんなさいね、技術的な話するとさ。

模写した絵、観ましたけれども。

ん~~、

・・・・・・・・・

あんまり上手じゃないかな…。

これはホント、忖度なしで、言っちゃうけれども。ごめんなさい。

 

本当にその絵が心底好きなんだったら、もうちょっと丁寧に、魂込めて描いても良かったんじゃないかな、とは思いました。

とはいえ、現物をガッツリ観たわけではありませんし、あくまでも直感的にそう思った、という程度です。あらかじめご了承ください。

 

この学生さん、何歳なんだろう、高校生?大学生?

(たしか定時制?って書いてあったような…違ったらゴメン)

でも、

ツイッターのつぶやきの内容を見ると、めちゃくちゃしっかりしてるんで、そこそこの年齢の社会人のような気がするんだけどな…どうなんだろう。

 

はい、ということで、いよいよ、先生に対しての言及へとまいります。

 

「美術は美を追求していく芸術ですので、美しい心と技術を磨いていかなければなりません」by 美術の先生

ん~~~~・・・・・・・・・。

 

分かってないような気がしますね…。

 

この先生自体が、美術とは何か、美とは何かを、分かってない気がするんだよね…。

 

所詮、この先生の考える美なんて、クソみたいな学校教育によるところの「美術」でしかなくてさ。

本当の意味での「芸術」「アート」について、自分の中で深く掘り下げたことが無いんじゃないだろうか。

 

普通、アーティストと呼ばれる人間ってのは、そこんところを徹底的に、自分の中で掘り下げるんよ。

本当の美とは何か?アートとは何か?みたいなことを、ちょっと気が狂いそうになるくらいまで、死にたくなるくらいまで、徹底的に追求していくんですよ。

芸術家はみんな、やってることなんだけどさ。

 

 

例えばね…ゴッホが生きていた時代の話をしましょうか。

 

無名のゴッホが、あの油絵具ごってりのタッチで絵を描きまくってた時にさ、

周囲の連中から「キモい」とか「不快だ」とか、散々、バッシングされたわけよ。

 

当時、不快だと酷評されたゴッホの絵は、本当に良くない作品なのだろうか? 

 

ようするにだ、

ゴッホと同時期に、この美術の先生が生きていたとすれば、間違いなく、ゴッホを評価する側ではなく、バッシングする側にいたってことなんよね。

快か不快かで作品の良し悪しをジャッジする人間だからな。

 

訳知り顔でさ、「私は美術のこと分かってますよ」って顔してさ、ゴッホの作品を罵ったと思うんよね。

「人を不快な気持ちにさせるような絵を描くヤツはダメだ。ゴッホは絵描きとして無価値だ」

って決めつけて、レッテルを貼って、ゴッホの素晴らしさを理解できなかったと思うんよね。

なんでかっていうと、この先生は、物事を表面しか見てないから。

絵の具の表面しか見てないから。

 

その向こう側にあるものを全然、理解できていないから。見ようともしていないから。

 

そんな薄っぺらい先生に、アートの何を教わることができる?

 

少なからず、実力を認められているアーティストなら、間違いなく、口が裂けても

「美術は美を追求していく芸術ですので、美しい心と技術を磨いていかなければなりません」

なんて、言わないし、言えないはずなんだよ。「美しい心」って何だよ?

 

なんで、こういうことを言えるのかっていうと、この人が「美」を分かってないからなんだよね。「アート」を分かってないからなんだよね。

 

それが分かってないのに、なんで「美しい心」が分かるんだろうか?

いや、

分かってないからこそ「美しい心」なんてことを言えるのかも知れない。

 

んで。最後に、この学生さんにオレなりのエールを。

とはいえ、先生の言うことも一理あるんですよ。

いや、一理どころじゃないかも知れない。

 

もしキミが、アーティストとして生きるのではなく、普通の社会人として生きるつもりなのであれば、先生の言いなりになった方が、楽に生きられるよ。

 

忖度、非常に大事です。

周囲の人の顔色を伺う、非常に重要です。

 

ある意味では、先生の言う通り、

「美しい心」とは「他人に不快な思いをさせまいとする気持ち」なのかも知れない。

 

人を不快にさせるような絵を描かないことが、心の美しさに繋がっていくのかも知れない。

 

周囲に気を使って、無難に立ち回ることが、美しい国では価値があるのかも知れない。

 

美しい国で、美しい心を持った、美しい人になる、ってことは、忖度上手になる、ということなのかも知れない。

 

しかし。

 

しかしだ。

 

キミがもしも、美術家になりたいなら。

アーティストとして生きていこうと思っているなら。

全人生を棒に振る覚悟ができているなら。

 

その時は、

 

先生の言うことなんて

 

クソくらえだ。

 

グッドラック。

 

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