会田誠公開講座事件は「アート」や「男女」の話ではないと思うが…

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先日の『「会田誠さんらの講義で苦痛を受けた」と受講生の女性が京都造形芸術大を訴えた事件』について、ちょっといろいろ考えてたんですけどね、

これって多分、混同しやすいけど「女 VS 男」みたいな話でもないし「アートか否か?」みたいな話でもないよね、実を言うと。

 

「原告が女性だから」という理由で支持したり、批判したりするのはちょっと違うんじゃないかってのがまずひとつ

なんかいつの間にか、話がすり替わってるというか、「女 VS 男」みたいな構図に持って行こうとしてる人々がいるような気がして、モヤッとした、ってのがひとつあってさ。それが意図的なのか、無意識的なのか分からんけどさ。

 

でもこれ、多分、そういうことじゃないよね。

 

例えばさ。

もし仮に、訴えたのが男性だった場合、どうだろうか?

原告女性を支持してる人々は、もしも原告が男性だった場合でも、まったく同じように支持するんだろうか。本来であれば、そうでなければならないよね。

「女性が苦しんでるから応援」みたいな、「女性だから」という条件付きで、味方になったり敵になったりするってのは、違うんじゃないかと。

(そしてこれは、原告女性を批判している側の人々にとっても同様に言えます)

 

ちょっと思考実験してみましょう。

例えばね、仮に、原告がおっさんだったとします。

山田タカシさん(仮名)40歳、フリーター。

訴えの内容は、まったく同じだとします。

 

「会田誠さんらの講義で苦痛受けた」女性受講生が「セクハラ」で京都造形大を提訴 - 弁護士ドットコム

「会田誠さんらの講義で苦痛受けた」女性受講生が「セクハラ」で京都造形大を提訴(弁護士ドットコム) - Yahoo!ニュース

 

山田タカシさんは2018年4月から6月にかけて、京都造形大・東京藝術学舎で開かれた社会人向け公開講座(全5回)を受講した。ヌードを通して、芸術作品の見方を身につけるという内容だった。山田タカシさんは、第3回(2018年5月15日)のゲスト講師だった芸術家の会田誠さんの講義でショックを受けた。

講義は、涙を流した少女がレイプされた絵や、全裸の女性が排泄している絵、四肢を切断された女性が犬の格好をしている絵などをスクリーンに映し出すという内容で、会田さんはさらに「デッサンに来たモデルをズリネタにした」と笑いをとるなど、下ネタを話しつづけていたという。

山田タカシさんは、会田さんのキャラクターや作風を知らなかったという。すぐに、大学のハラスメント窓口に苦情を申し立てたが、第5回(同年6月12日)のゲスト講師で、写真家の鷹野隆大さんの講義でも、勃起した男性の写真の投影などがあった。「講義を受けに来ただけなのに、どうしてこんな目に合うの?」

山田タカシさんは、動悸や吐き気、不眠の症状がつづき、急性ストレス障害の診断を受けた。

 

これ、どうでしょうか。

原告の性別を男性に置き換えただけなんですけど。

女だからとか、男だからとか、そういうの抜きにして、問題の本質を捉えることが少しだけ容易になった気がしませんかね。

性別、関係ねぇ話だな、って。

問題点は、そこじゃなさそうだなって。

 

原告が女性であろうと男性であろうと同じことでさ、

もっというと、

会田誠さんの作品のモチーフが全裸の女性だろうと男性だろうと、全裸のクマさんであろうと、全裸のハダカデバネズミだろうと、同じことなんですよね。

 

おそらく、この公開講座には、他にも女性が参加していたと思うし、その女性たちが皆、「酷い講義だ」と感じたかと言うと、必ずしもそうではなかったと思うんですよ。

 

なんかさ「虐げられた女性代表の訴え」みたいな、主語がデカすぎる感じになってる気がしてさ。

別にね、今回の原告の女性は「全国の女性の立場を代表」して「会田誠のやり方」に異議を唱えている、ってことじゃないわけでさ。

今回の講座を面白かったと感じた女性もいただろうし、会田誠の作風が好きだって女性も、いると思うんよね。

 

だからさ、今回の件は「女性」とか「男性」とか、大きなくくりを持ち出すと、かえって話がややこしくなるし、ヘタすると、差別的なニュアンスも入り込みかねないっていうか。

この件は、あくまでも、個ですよ。

大原直美さんという、個人の、「ひとりの人間」の感じ方ですよね。

 

そして、会田誠さん個人に対してアレコレ言ってるわけじゃないし、その作品に対してアレコレ言ってるわけでもない…よね?

 

会田誠さんを訴えたのではなく、講座の運営方法や告知の仕方に対して異議を申し立てている

実際、ニュース記事の中に、こんなことが書いてある。

「作家の作品の是非ではなく、環境を作り出したことが問題だ」

 

会田さん本人やその作品を相手に訴えたんじゃなくて、講座を運営している大学側に落ち度があるだろ!っていう訴え方をしてるんよね。

 

作品が良いとか悪いとかの話では全くないし、「これは果たして芸術か否か?」みたいな話でもない。

 

ここのところを、何か勘違いしてる人も結構いそうな気がしてさ。

こんな増田を発見。

 

自分の好き嫌いで芸術作品か否かを決めようとする思想はちょっとマズいぞ

anond.hatelabo.jp

自分が女だからかな、いくつかの作品を見たけれども、正直気持ち悪いと思ってしまう。

芸術作品だからって、気持ちの悪い作品が「芸術」の名のもとに、日の目を見ることが、許せないんだと思う。

もしこれが男だったらどうだろう?

男が裸になって、首輪に繋がれた絵。

宇宙人みたいな未生物の触手にお尻の穴に突っ込まれる絵。

見たいと思う??

芸術だと思う??

特に男性に聞きたい。

 

まずこれ、増田さんは、自分の意見が「女性の総意」 みたいに感じてそうなんだよな…。

「ね!そうですよね、女性の皆さん!」

みたいなこと無意識的に思ってそうで、モヤるね…。

それに対しては女性からもツッコまれてるみたいですけど…。

 

あとね、

これもう、根本的に何か勘違いしてる感じがしてさ。

「いやいやいや、芸術って、そういうことじゃねぇんだよ」

って、ブクマコメントで総ツッコミ入ってる感じで。

 

もうさ、ハッキリ言いましょうか。

私は男ですけど、私だって、会田誠さんの作風、全然好きじゃありませんよ。

気持ち悪いと思うし、観たくないです。

でもね、

増田さんみたいに

『気持ちの悪い作品が「芸術」の名のもとに、日の目を見ることが、許せない』

って思うかっていうと、それはない。

それは言っちゃダメだと思うよ。

 

「自分にとっての快はアリだけど、自分にとっての不快が存在することは許さない」

って、極論言うと、どこかの国の独裁者と同じ考え方じゃね?

めちゃくちゃ危険な思想じゃね?

アートに限らず、全てのことにおいて。

 そもそも、まずこれ、

「自分は全面的に正しい、自分は正義である」って前提で、物事考えてない?

 

ましてや、とりわけ、アートですよ?芸術ですよ?

そこに、アリとかナシとか、ジャッジを取り込もうなんて、ヘタすると一番やっちゃダメなことだと思うわけよ。

芸術ってのは「何でもありだから芸術なんだ」って側面があるわけよ。

これに関しては聖域っつーか、絶対に譲れない部分なわけよ。

gattolibero.hatenablog.com

 

・・・・・・・・・

 

てな感じでさ、増田さんみたいに、なんつーかな、オーディエンスの攻撃の矛先が「会田誠の作風、許せない」 みたいな方向へ向かってるとしたら、いやいやいや、違うんじゃね~の~~?

ってひとこと言いたくなっちゃうわけですよね、私としては。

 

会田誠が好きとか、嫌いとか、

彼の作風が好きとか、嫌いとか、

そういうことは、今回の訴えの件では一切、関係ないんだよ。

 

あと、「ほらね、これだから男(あるいは女)って生き物はダメなんだよ」みたいな、主語デカい系の話に持っていく、ってのもズレてる。

 

今回の「会田誠公開講座事件」が、どうもね~、変な方向へむかってる気がして、ちょっと書かせてもらいました。

 

結局、本来は、究極的にシンプルに言うと、

「大学側の講座運営方法に納得がいかない!」

ってことで、受講生の一人が大学を訴えた、って話だから。

 

女とか男とか、芸術どうこうとか、そういう要素、抜きにして考えた方が分かりやすいんじゃね?って話でした!

以上です!