闘う哲学者・村田諒太(WBA世界王者)と心理学者フランクルの言葉

ボクシングWBA世界王者、村田諒太選手のドキュメンタリー番組を観ました。

「疑惑の判定」でエンダム選手に敗れてから、完全勝利を目指した「因縁の再戦」までの5カ月間、村田選手は、極度の重圧の中で苦しみ、迷い、不調に陥っていた…。

「闘う哲学者」とも呼ばれる村田選手が、どのようにして、この逆境を乗り越えたのか?

非常に興味深い内容でした。

 

重圧と闘い続ける村田選手のベッドの脇には、いつも哲学や心理学の本が置いてあった。

まずね、エンダムとの再戦が決まって以来、村田選手には、想像を絶するプレッシャーがのしかかっていた、という話をちょっとしたい。

私もボクシングを見るのは好きだけど、そんなに詳しい方じゃないんでね、ザックリした話になっちゃうけどさ。

 

ボクシングって、体重別に階級が分かれてるわけね。

んで、村田選手の階級が「ミドル級」なんだけどさ、これがもうね、まず、キツいのよ。

世界全体で見ると、一番人気があって、一番、選手層が厚い階級らしいんだよな。

軽量級よりもパワーがあって、ヘビー級よりもスピードがある。だから面白い。

軽すぎず、重すぎず。

外国人たちにとっては体格的にも、ちょうどいい。

 

逆に言うと、日本人にとっては、なかなか活躍するのが難しい階級なんですね。

平均的な日本人の骨格や体格だと、ミドル級サイズのデカさがあって強い人材ってなかなかいない。

村田のような選手は、めちゃめちゃ珍しいんですよね。

 

「日本人でミドル級?世界で戦えんのか?」って感じで。

世間の目としては、非常に懐疑的なわけ。

 

村田諒太が出現する以前は、ミドル級で世界王者まで登りつめた日本人は、たったひとりしかいなかった。

ボコボコ相談室やガチンコファイトクラブでお馴染みの竹原慎二さん以来、22年ぶりの快挙なんですね。

 

そんな感じなんで、ミドル級だと、日本国内では、良い指導者も少ないだろうし、良い練習パートナーの確保も難しかったりすると思うんですよね。

ミドル級の選手層が厚い国々と比較すると、どうしても日本は分が悪い。

 

 

そしてもうひとつ。

村田はロンドン・オリンピックの金メダリストなんですよね。

これがねぇ…どう捉えるか?なんですけど…。

 

簡単に言うと、ボクシングの世界では、世界王者を狙えるくらい強い選手は、さっさと「プロボクサー」になっちゃうわけです。

そして、オリンピックのボクシングはプロではなく「アマチュアの大会」なんすよね。

ようするに

「本当に強い奴はオリンピックに出場していない」

という目で見ているボクシング・ファンが、大半だと思うんだよね。

まぁ実際、ほぼそうだと思うんだけど。

何か、よほどの理由が無い限り、いつまでもアマチュアの舞台で戦ってる、という選手はいないわけですよ、基本的に。

 

おそらく村田は、高額なファイトマネーよりも、「オリンピック出場」とか「オリンピック金メダリスト」という名誉?に憧れて、今までずっとプロに転向しなかったんじゃないかな?って思うんだけど、実際、どうだったのかな。

 

そんなわけでね、

「オリンピック金メダル?アマチュアのチャンピオンだろ?」

っていう目で見られる部分もあるしね、

「プロの世界の方が数段、レベルが高いんだから、村田は無理だよ」

っていう目で見られたりもするワケね。

 

ここでもまた、村田諒太の実力を疑問視したり、懐疑的な意見が出てくるわけですよ。

 

世間の偏見とかね、なんかもう、いろいろと厳しいんすよ、村田諒太をとりまく環境が。

村田は、対戦相手だけでは無くて、いろんなものと戦わないといけない。

 

 

そして、5月に行われたミドル級チャンピオン、アッサン・エンダム選手とのタイトルマッチで、村田は、まさかの「疑惑の判定負け」。

神様は村田に試練を与えますねぇ~…。

 

正直、試合を観てて、ちょっと怖かったですよ。

「もしも自分が村田だったら」という目線で試合を観てたんで。

 

相手はミドル級の世界チャンピオンです。

37戦35勝。21KO。

ガチですよ。

 

おそらく、村田が過去に戦ってきた相手とは別格。

 

今までの対戦では、なんとなくですが

「村田が勝って当たり前。どんな勝ち方をしてくれるかに注目」っていう見方をしてる人が大半だったと思うんですよね。

割と危なげなく、村田が勝利を積み重ねてきた。

(逆に言うと、かなり高い確率で勝ちが見込める相手とのマッチメイクが続いていた、ってことなんでしょうけど)

 

ちょっと今回のエンダムはガチっぽい。

村田が本当に世界のトップクラスと戦えるのか?が試される。

まさに試金石のような試合。

 

そりゃ村田も、怖かった部分はあったと思いますよ。

「エンダムは回復が早いから気をつけろ」という事前の情報もあって、村田が優勢な状態になった場面でも、警戒するあまり、一気に畳みかけることができなかった。

深追いして逆襲の一発をもらうことだけは禁物なんでね、できるだけセーフティーにいきたい、という気持ちもあったでしょう。

んで、

エンダムから一度はダウンを奪ったものの、結果は村田の判定負け。

 

エンダムの方が手数が多かったので、そこを評価した、ってことなんでしょうけど…。

結局、エンダム勝利と判定したジャッジ2人は、6か月間の資格停止処分が下されるという、後味の悪さ。

 

 

周囲から「村田、絶対に負けるな。負けてはいけない!」ってプレッシャーをかけられて。

この一戦を日本で行うために、村田をサポートする関係者、メディア、スポンサー、様々なスタッフなど、大勢の人たちが裏で動いて、とんでもない大金が動いて。

村田は、気にしてたみたいですね、自分がどうこうっていうよりも

「支えてくれたみなさん、ごめんなさい!」って感じだったみたいで。

 

 

ということで。長々と書いてしまいましたが、いよいよここからです。ここからが本題。エンダムとの再戦が決定。今度こそ、ぜっっっっったいに負けられない。ボクシング人生を賭けた一戦。

エンダムとの再戦の実現のために6億円もの金が動いたらしいですよ…。 

次でもう一度、同じ相手のエンダムに負けたら、事実上、ボクシング人生が終わる可能性もあります。

(スポンサーの撤退、テレビ中継はナシ、そもそも試合を組んでもらえなくなるなど…)

 

次は絶対に100%、いや6億%、負けは許されない。

・・・・・・

怖い。怖すぎるでしょ。

 

そんな状況の中、村田選手はトレーニングに励んでいたわけですが…焦りなのか、プレッシャーなのか、何か自分の中で歯車がかみ合わなくなって、調子を落としちゃうんですよね…。

 

自分がもしもこんな状況だったら、プレッシャーに耐えきれず、胃潰瘍になって頭ハゲる自信があります。

 

村田選手の葛藤の日々に密着したドキュメント。

10月22日、村田諒太が、再びミドル級の世界王座に挑む。相手は前回、最後まで追い詰めながら“衝撃の判定負け”を喫した因縁の相手、エンダム。村田が勝てば、世界でも強豪がひしめき、最も層が厚いと言われる階級で、アマチュア・プロの両方を初めて制する事になる。


村田は、その深い思考をもとにした数々の発言から「闘う哲学者」とも呼ばれる。

その原点となっているのは尊敬する父・誠二さんだ。

 

プロデビュー戦、金メダリストが負けたら恥だと、重圧を背負い込んでいた息子に送ったのが、哲学や心理学の本。村田は、その中から「自分がコントロールできる事に集中する」という考えを築き上げ、重圧を乗り越えていった。それが、“疑惑の判定”とも言われたあの試合で、ジャッジの採点に、不満や言い訳を一切口にしない、村田の生き様にもつながっている。

 

番組では、村田の最大の武器・右ストレート、そして鉄壁ブロックの秘密に迫るとともに、村田がどのように敗戦を乗り越え、再戦に挑んだのか、そしてどう激闘を戦ったのかを、闘いを支え続けてきた父・誠二さんとの深い絆を織り交ぜて描く。

 

NHKスペシャル | 村田諒太父子でつかんだ世界王座

 

村田選手の発言って、どれもこれも、いちいち哲学的なんですけど、これね、お父さんの影響だったんですね。

お父さんが、哲学や心理学の本を送ってきてくれるんだって。

 

村田選手は、試合が近づいてくると体調管理のために家族の元を離れてホテル暮らしをするんだけど、ベッドの脇には哲学や心理学の本が何冊も置いてあるわけ。

リングに上がる恐怖心を克服するために読書するんだって。

 

ナイス・親父!!

悩んでる人や迷ってる人に本を送るってのはイイね!

 

 

そんな村田選手のお父さんが息子へ送った一冊が、フランクルの「夜と霧」だったりして…。

ユダヤ人の心理学者ヴィクトール・フランクルが、第二次世界大戦中の強制収容所で、自身が体験したことをもとに綴ったのが「夜と霧」…だそうで。

う~~む…。ディープだな…。

でもきっと、読んで損は無い。

図書館行って、借りてくるか…。

 

「夜と霧」は、アメリカ国会図書館の「私の人生に最も影響を与えた本」部門でベストテン入りしたこともある名著だそうで。

 

番組内で紹介していたフランクルの言葉で、すごく印象に残る言葉がありましたね。

 

人生に意味を問うてはいけない。

人生からの問いかけに

どう答えるのかが大切なのだ。

 

・・・・・・・・・なるほど。

 

これ、目からウロコだよね。

 

「我々は、問う立場ではない。問われる立場なんだ」って解釈ね。

 

 

フランクルいわく「人生に意味を問うてはいけない。人生からの問いかけにどう答えるのかが大切なのだ。」

ナルホド……。

 

考えてみると、悩める子羊たちはみな、問うていますね。

「人生って何だ?」

「どう生きればいい?」

「生きるって何?」

「しあわせって何だっけ?」

「私の人生に意味なんてあるの?」

・・・・・・・・・

問うています。

疑問形です。

 

でも、違うんだな、フランクル的には。

 

我々は皆、問う側ではなく、問われる側、なのだと。

大事なのは尋ねることではなく、答えていくことだと。

 

答えていく。

それが、私たちに与えられえたミッションなのだと。

 

 

みんなそれぞれ、日々の生活の中で「日常」から問われているんでしょうなぁ。

常に選択を迫られている。

「お前はどうする?どっちを選ぶ?どう生きる?」

日常は私たちに問いかけてくる。

 

目覚まし時計を止めた時、こう問われる。

「超~眠いけど、どうする?二度寝するか?それとも起きるか?」

私たちは自分自身を鼓舞して答えを出す。

「眠いけれど、会社に行くよ」

 

電車のホームで、こう問われる。

「満員電車イヤだな。逆方向の電車に乗って逃げちゃおうか?」

 

理不尽なことでクソ上司に罵倒された時もそうだ。

「このまま我慢するか?それともクビを覚悟でぶん殴るか?どうする?」

 

我々は常に、問われている。

 

我々は、その問いに対して

答えていかなければならない。

決断していかなければならない。

 

 

グダグダと悩んだり、人生に迷って、身動きが取れなくなっている者は、振り返ってみるといい。

自分に投げかけられた問いに対して、問いで返していないだろうか?

 

「お前はどうするんだ?どうしたいんだ?どう生きるんだ?」

という人生からの問いかけに対して

「じゃ、逆にどうしたらいいと思います?」

って「問い」で、返していないだろうか?

 

自分自身の人生なのに、まるで他人事のように「逆にどうです?」じゃねぇんだよ。

「自分で答えを出せ」っつってんだよ。

 

答えろよ。

 

いいですか、今、悩みの中にいるあなたは「人生とは何だ?」と問うけれども、その問いに答えるのは他でもない、あなた自身なのですよ。

 

あなたが結論を出すんですよ。 

 

あなたの人生なんだから。

 

・・・・・・的なことなんでしょうかね。

フランクル、読んでないからよく分かりませんがwww

 

 

常に、自分自身で答えを出していくこと。そうやってはじめて、他の誰のものでもない「私の人生」を生きることができる。 

「普通って何?」 

「家族って何?」

「生きるって何?」

「しあわせって何?」

 

全部、答えるのはあなた自身だ。

他の人間がどう答えようが関係ない。

 

「でも、お母さんが…お父さんが…弟が…」

って、くだらない言い訳してないで、答えを出せ。

 

あなたにとっての答えは、あなたが出すしかないんだ。

 

問うんじゃない。答えろ。

 

答えろ。

 

答えろ。

 

間違えたってかまわない。

失敗したってかまわない。

そもそも、答えに正しいも間違いも無い。

そんなものは関係ないんだ。

これはお前の人生だ。

大事なのは、お前にとってどうか?だ。

 

 

よし、生まれ変わった。

オレは生まれ変わったぞ。

オレは明日から、いや、今日からだ。

オレの人生が突き付けてくる問いに、答えていくぞ。

 

お前らも答えろ!

 

自信満々で

「オレの答えはこれだ!」と決意を表明しろ。

「私は私の人生を生きる!」と覚悟を決めろ!

 

グッドラック!