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童話未満『赤い三角屋根』&脱線して後半メチャクチャ。

人生の羅針盤 【創作童話】 【生きづらさを抱えているアナタとワタシへ】

こんにちは。

ぼくのなまえは「りべろう」です。

このたび、ねんがんのマイホームをゲットしました。

イェイ!

 

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赤い三角屋根の家に住むことが、ぼくの夢だったんだ。

ついに夢がかなったよ。

わーい。

 

 

「りべろう」が喜んでいると

そこへ村人Aがやってきて、こういいました。

「おいおい、屋根を赤色で塗っちゃったのかい?目に優しい緑色で塗った方がよかったのに」

 

「なるほど。緑色は目にいいのか」

りべろうは屋根の色を緑色に塗り替えました。

 

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「よし。上手に塗れたぞ」

りべろうが作業を終えて一息ついていると、そこへ今度は村人Bがやってきました。

「うわ~。冬の寒さを考えたら、日光を吸収する黒色の屋根にすべきじゃん」

 

「そうか。屋根が黒い方が冬は暖かいかもしれない」

りべろうは早速、黒いペンキを買いに行きました。

 

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「よし、今度こそ、間違いないな。これで寒い冬でも暖房費が節約できるぞ」

りべろうはご満悦です。

 

今度はそこへ村人Cが現れました。

りべろうは何か嫌な予感がしました。

村人Cいわく

「夏の暑さを考えたら屋根の色が黒なんてありえない。白に塗り直すべきだ」

 

りべろう

「・・・・・・。」

 

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「これでもう完璧だな。この家はきっと夏は涼しいぞ」

屋根を白く塗り終わったりべろうは言いました。

 

 

今度はそこへ村人Dが現れて

「今は個性の時代だぜ?一番目立つ赤と白のボーダーが正解に決まってんだろ」

 

さらには村人Eも登場し

「お前には協調性ってものが無いのか?周りがみんな茶色の屋根なんだからお前も茶色にすべきだろ!」

 

村人F

「コストパフォーマンスを考えたら、この村のペンキ屋で売れ残っているバーゲン品のピンク色で塗るべきだったね。愚か者め」

 

村人G

「屋根の色で悩んでんの?ダサっ!消え失せろ!ゴミ虫め!」

 

村人H

「半年ROMってろ!ボケ!」

 

村人I

「PVくれてやるからもう二度とブログを書くな!」

 

なにがなんだかもうワケが分かりません。

自分と違う価値観や美意識を持っている人間のことなら攻撃してもいいとでも思っているのでしょうか?

この村の人々は狂っているのでしょうか?

 

否定的な批評を行うことは容易である。

なぜならば、どんなものでも、じっくりとよく見れば欠点を見つけることは常に可能だからである。

もっぱら欠点に注意を向け、価値あることを無視することはしごく容易である。

しかし批評の主たる魅力は、批評されているものよりも批評している者のほうが偉く見えることである。

批評することは極めて容易なので、それはしばしば、他のいかなる方法によっても人の興味を引くことができない凡庸な輩の避難所となる。

https://twitter.com/IheukoRafaeluuu/status/716434849611927552

 

 

 by the way

バイ ザ ウェイ。

 

人の意見は十人十色。

みんな違って当たり前。

三角屋根の色にだって「正解」なんてないんです。

 

いちいち他人の意見に翻弄されるなんてバカげた話です。

自分と違う意見に怯えて、いちいち傷つく必要なんてないんです。

 

人と10回かかわれば、意見の相違が10回あって当たり前。

むしろ、自分とみんなが同じ答えを持っているべき、だなんて思うのは危険な考え方です。

 

誰かとふれあうたびに、人は「食い違い」を目の当たりにし、実感し、それを乗り越えていかなくてはなりません。

100人と出会うなら、100回乗り越えなければならない。

 

おぉ、何ということでしょう!

人と関わるという事は、どうしてこんなにも難しいミッションなのでしょうか…!?

神は、仏は、我々を試しているのでしょうか??

 

いつの世でも、厄介ごとを運んでくるのは「他者の存在」である場合がほとんどです。

しかし、幸せを運んできてくれるのもまた「他者の存在」なのですねぇ…。

難しい問題です。

生きていくって、本当に難しい。

 

 

おっと。

そんなことよりも、りべろうは今、どうしているかな?

マイホームの屋根は何色になったんでしょうか?

 

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 うん。それでいいと思うよ。

 

自分の気持ちに正直に生きたらいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きづらさを抱えたアナタとワタシへ向けた「ささやかな追い風」的なつぶやきを、ツイッターの新機能「モーメント」でひとまとめにしました。

(現在50個以上のつぶやきがパッケージされています)

どれか一個くらいは、心に響くつぶやきがある!…はず。

twitter.com

 

 

人とふれあうたびに傷ついていたら、まともに生きていくことは難しい。

信念や主張が誰かと食い違うことを恐れていては、自分自身を発揮できない。

「生きる」とは「たたかう」事なのかも知れない。

 

本当の意味で生きるためには、弱気な自分を倒して、自分自身を乗り越えていかなければならない。

無様だろうが何だろうが、自分のやり方で人生に立ち向かうしかない。

 

このブログの読者の多くは、ニートや引きこもり、あるいはウツ病だったり、なんらかの生きづらさを抱えていると思う。

あなたたちはね、私自身なのですよ。

 

先日、こんなメールを発見。

「自分を救え」というタイトル。

私は生きづらさを抱える誰かを見るとき、その向こう側に、若い頃の私自身を見ている。

私は他人ではなく過去の自分を救おうとしているんだろう。

全ては自分自身のためだ。

 2ヵ月前に、自分のガラケーからパソコンのアドレスに送ったメールだった。

 

きっと私は私のためにブログを書いているのです。

私自身を救うために。

 

だからお前らも、好き勝手に生きろ。

迷ったり、悩んだ時には、またここに来い。

 

 

来年もヨロピク。