生まれて初めて本物のお寿司を食べた時の話

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昔、宮古島の海岸で、

ずっと海を見ていた。

1ヵ月くらい。

体育座りをして。

 

なんで、そんな事を

していたかと言うと、

春になるのを待っていたんだ。

 

寒かったから。

 

暖かくなったら、

また折り返して

北へ向かうつもりだった。

 

当時、沖縄の宮古島には

キャンプ場なんてものは無くて

 

地元の人に尋ねてみたら

「別にどこで寝たって、

文句を言う人はいないよ。」

とお墨付きをもらえた。

 

きれいな砂浜から徒歩15秒のところに

テントを張って、

オレは独りで生活していた。

 

 

すぐ隣には、某リゾート開発会社が

買い取ったプライベートビーチ?や

プールがあって、実は

たやすく侵入することが出来たが

オレはあえてしなかった。

 

オレは、人混みが大嫌いだし

多分、

人間も好きじゃなかった。

 

オレはただ、

滅多に人が来ない砂浜で

毎日、海を見ていた。

 

体育座りをしながら。

 

 

 

ある時、散歩から帰ってくると

テントがもう一つ増えていた。

 

キャンプ用ではなく、

本格的な登山用のテントだった。

 

山頂でも風の影響を受けにくくするため

天井がかなり低い。

 

軽量化を図るため、素材は

防水透湿性素材の

ゴアテックスを使用している。

 

ゴアのテントだと、

雨よけのフライシートが無くても

何とかなるので、その分、

荷物が軽くなるんだ。

 

登山用テントの中にいたおっさんは

ハリー・ポッターに登場する

ヒゲモジャの大男

「ハグリッド」によく似ていた。

 

ハグリッドとは、すぐに仲良くなれた。

オレは人間なんて凄く苦手なのに。

 

今思えば、もしかしたら

ヒゲモジャのおっさんも、

人間界にはあまり

馴染めないタイプだったのかも知れない。

 

人間界に居心地の良さを感じられる奴は

おそらく本格派のクライマー(登山家)には

成れないのかも知れない。

 

下界に居場所が無いと感じている者こそが

山に魅了されるのかも知れない。

 

オレが過去に出会ったクライマーたちは皆、

総じて哲学者のような人達だった。

 

 

ハグリッドの話によれば、

今、この島では某有名な映画監督が

撮影をしている真っ最中とのことだった。

 

そして、

その映画監督の大ファンであるハグリッドは

ボランティアとして撮影を補助するために

この島にやってきたんだ、と教えてくれた。

 

その後も、お互いに、付かず離れず

ハグリッドとオレのご近所付き合いは続いた。

 

ハグリッドは、人の心にズカズカと

土足で踏み込むような真似はしない男だったから

こっちとしては、本当にとても助かった。

 

 

ある時、ハグリッドに、

さりげなく

本当にさりげなく、

「君は何故、あてもなく放浪しているのか?」

と尋ねられた。

 

オレは、その時、なんて答えたのか、

今はもう思い出せない。

 

 

 

ただハグリッドがそのあとに言った言葉は覚えている。

 

「君はまるで、修行僧のようだ。

精神的にも肉体的にも限界を超えて、全ての雑念を振り払って無心になるために、ひたすら歩き続けるっていう修業に、よく似ているね。」

 

 

 

ある夜、

ハグリッドがオレのテントを訪ねてきた。

 

映画の撮影がすべて終わり、

今日は打ち上げのパーティーだったという。

 

ハグリッドは、

「君の分のお寿司をパクってきたよ」

と言って、

ぎっしり食材の詰まった

使い捨ての弁当パックを

オレにくれた。

 

中には、

今まで見たことが無いような、

ホンモノのお寿司が入っていた。

 

正直、度肝を抜かれた。

 

ご飯の部分が超、小さい。

上に載ってる魚が超、デカい。

 

実際、米の部分は肉眼では捉えられない。

 

今まで小僧寿ししか

食べたことが無かったオレは

寿司に対する考え方が、

根本的に間違っていた事を知った。

 

映画の関係者は、

こんな凄いもんを食っていたのか……

 

何だか分からないけれど、

いろいろとショックだった。

 

偉い人が食べるような

「高級お寿司」をオレに手渡すと

まるで、

「君が恐縮してペコペコする姿なんて、僕は見ないからな。 」

と、言うように

ハグリッドは、あっという間に

自分のテントに帰ってしまった。

 

 

オレは、高級お寿司をほおばりながら、

何故だか、泣いた。

 

泣きながら、お寿司を食べた。

 

お寿司が劇的に美味しかったから

泣いたような気もするし、

 

ハグリッドのちっともお節介じゃない

さりげないやさしさが、

とてもありがたくて、泣いたのかも知れない。

 

ただ、何故だか分からないけれど

お寿司を食べながら泣いた夜の事を

今でも覚えている。

 

 

もしかすると

ワサビがものすごく

効いていただけ、だったのかなぁ。